2月初旬、冷たい北風が丘から海原へと吹きぬける。
この日の気温は8度。
温暖な南薩摩には珍しい残雪のなか、サツマ芋農家、俵積田宗義さんのビニールハウス内では、種芋の伏せ込み作業が佳境を迎えていた。
”種芋の伏せ込み”とは、芋苗を採取するための種芋を土に伏せること。
種芋専用の畑で育った優等生のサツマ芋を、同じ棟の土に5~6個ずつ並べて土で覆っていく。
「同じ畑で育った芋は、同じように苗の芽が出るんだよ。まるで兄弟みたいだよ」と、俵積田さんは無邪気に微笑んでいる。
南薩摩のシラス台地は水分を適度に逃してくれるので、健康なサツマ芋が育つ最適な土壌。名人は”サラッ、ふわっ”とクワでやわらかい土を丁寧にかけていく。それは川が淀みなく流れるように、静かなリズムで進む。
俵積田さんのサツマ芋栽培は独自のアイディアがいっぱいだ。耕運機に施されたV字型の板は、土を並行にするためのちょっとした工夫。積雪対策にはハウスに防風ネットをしっかりと被せたり、北からのすきま風もシャットアウトしてある。
「どうしたらもっと良い芋ができるか、いつもそれを考えて試しているよ」と語る姿には、サツマ芋への愛情とやさしさがあふれており、エルガーの「愛のあいさつ」がヴァイオリンでゆったりと聴こえてくるような、穏やかな空気に満ちていた。こういう方が育てる南薩摩のサツマ芋は、「さぞ、おいしい焼酎になるだろ~」と期待も膨らむ。
20日ほど過ぎた頃、「発芽したよ~!」と、俵積田さんのはずんだ声にさっそく出けてみた。3cmくらいに成長した芋苗が一面に広がっていた。
まさに、春の息吹である。